産土神社参拝後の感想と自身の信仰について

産土神社が赤塚諏訪神社とわかったとき、これはもうわたしの神社なのだろうと訪れる前から感じていた。諏訪のある長野県(上田市)は父が最後に勤めた地だった。仕事のことの話しはほとんど聞いたことはないが、父が会社で信頼されていたことは感じていた。単身赴任ではあったが、母も月の半分は父のもとへ行き、父の世話をしながら週末には近くの温泉に入ったりして楽しんでいた。そんな思い出のある地に関連する、長野の諏訪神社を勧請してここに祀られた赤塚諏訪神社が産土神社であることに心から感謝した。御祭神の建御名方神(たけみなかたのかみ)、これも不思議なのだが、字は違うが父の名前(武巳)が入っている神様で(武南方神とも書くそうだが)、「やっぱり父にように私を守ってくれている神様がここにいるんだ」と思い涙がでた。わたしにとっての産土神社は父の存在そのものだ。
建御名方神は妃神である八坂刀売神(やさかとめのかみ)とともに信濃国の開拓にご神意を注がれ、諏訪大社に祀られるようになったそうだ。また神の性質としては、湖、水、風。これも一白のわたしの象意と同じ。心地よい感じがしたのはそのせいだろうか。

初めて訪れた産土神社はほっとできる存在だった。それは母の子宮のなかにいるようにあたたかかった。山門をくぐりぬけると両端に夫婦イチョウの木とやさしいかぜが迎えてくれた。そのイチョウの木がまるで両親のようにも思えて、21日参拝の間、そして訪れるたびにその木に触れてぬくもりを感じ気をもらい、毎日の無事を感謝した。

産土神社を訪れ、21日参拝をするなか、自分が守られていると感じたときに初めて自分への愛情が芽生えた。守られているということはわたしだけの命ではない。自分を大切にするということは、まわりひとたちすべてを大切にすること、そんな些細なことを気づくまで随分時間がかかってしまった。宇宙のなかの小さな存在ではあるが、なにか役目があり今の時代を生きている。その役目が何であるか見つからない自分に苛立つことさえあったが、「それでもいいのですよ」と諭してくれる神様がそこにはいた。
目にこそは見えないが、許してくれる存在、守っていてくれる存在が自分を強くしてくれる。そして、悩み、迷いが生じてもきっと導いていくれるという強い信頼が生まれる。また、反対に自分の意に反したこと、誤ったことをすれば戒めてくれる。すべて見抜き見透してくれていることに、日々感謝の思いが増す。

21日参拝は行かずにはいられなかった。今まで無事に守ってくださったことの感謝、そしてこれからのことを祈った。ただ、今まで産土神社を知らなかった年数に比べて、21日間というのはたいした日々ではないが、簡単なことではなかった。それでも、がんばれたのは、神様への感謝はもちろんだが、同じ気学を勉強している人たちもがんばっているという話を聞いたことも励みになった。毎日、同じ時間に顔見知りになった
お年寄りのお散歩しているグループのひとたちとのあいさつもまた楽しみだった。そんな出会いを与えてくれたことも大きな力となった。

産土神社を知ったことで大きく変わったわけではないが自分の中の何か1本筋が通り、また、何か1本取り除いてくれたような気がする。これからもその繰り返しが続く。その1本1本を大事にしていきたい。

【Y.Oさん】
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