2011年6月の生命の言葉  大祓い
東京都神社庁からの生命の言葉です 毎月1日発行されているようです。
各神社1日に行かれると新しい生命の言葉が置かれています

生命の言葉


2011年6月の生命の言葉

ゆく河の流れは絶えずして
しかも もとも水にあらず


鴨 長明

*流れていく川のの水の流れは止まることなく、しかも、そこにある水は決して元あった水ではなく次々と新しくなっていく。
『方丈記』

人の世が移り変わるものであることは昔も今も変わりがない。しかも、流れの速度は昔と比べようもない速さである。つまらないことで悩んだり、怒ったりして時間を無駄に費やす暇はないのである。

鎌倉のあじさい


小音羽 節 コラム

~大祓い~ 水無月


天罰、という言葉があります。神の導きに逆らうと、人は罰を受ける。だから災害が起きるのだ、という人もいます。
「罰」というとキリスト教の思想を思い浮かべます。禁断を破りアダムとイヴは楽園を追放され、人は罪を償いながら生きていくことになりました。「罰が当たる」とよく言われますが、仏教思想では悪行を働いたものが地獄に落ちるというものがありますね。古来日本人の発想はどうだったでしょうか。天災が起こるのは、乱れた世に対し、神が神意を現したからだという考え方があります。世直りのきっかけとしてとらえているのです。天災の直後に改元が行われたこともあり、これまでの世をリセットして良い世の中に変わろうとしました。「大祓い」の感覚ですね。古来日本人はやり直す方法をたくさん知っていました。例えばお正月もそうです。年があらたまると、新しい自分に生まれ変われる。かつて日本では誕生日ではなくお正月に、みな一斉に歳をとっていました。歳神さまからお年玉(歳魂?)をいただき、感謝し、良い1年になりますように祈念していました。
進化とは生き残りのために淘汰されていくこと。ダーウィン曰く、強いものが生き残るわけではなく、変化に対応できるものが生き残るそうですが、生き残るために不要なものはやがて無くなっていきます。今残されているものは、必要があって残されている。もちろん消えていったものたちも、意味があってこの世に存在し、役目を終えて去っていった。すべてのものに意味があり、ここに存在していると感じれば、自分の存在の尊さが身にしみます。果たして生れてきた意味を知ることが、私たちの使命なのかはわかりませんが、存在の意味を確かめられたとき、人は悦びを感じることができるように思います。それは他者からもたらされることが多く、人が繋がりたいと思うのは、いまここにいる意味を知るためなのかもしれません。私たちは無価値じゃない。無意味なものなどない。人はこの世に生まれ、いつか去っていきます。生まれてきた意味など意識しなくても、いつか腑に堕ちる瞬間に出会えると信じたい。多くの生死にかかわり、価値観が翻弄する中、自分を見失わないよう、いつも悦びを感じていたいと思います。神恩感謝。

2011年 水無月  小音羽 節





鎌倉のあじさい2
鎌倉にて
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